劇中の、モーゼと義兄弟のエジプト王子ラムセスとの、愛憎相半ばする心理的葛藤の描写は実に妙味があるし、そして後半部に描かれる、救済されたヘブライ人達が怠惰ゆえにモーゼの純粋な思いを裏切る場面などからも、人間の心の脆弱さが巧みに歌に乗って伝わってくる。
物語がこのように胸に沁み入ってくるところがいかにもフランス的であり、このミュージカルの真骨頂だと私は感じた。
フランス人はアメリカのミュージカルをけばけばしく底が浅いと批判し、アメリカ人は、フランスのミュージカルを退屈で垢ぬけないと皮肉る。
究極的には、では、そもそもミュージカルとは何なのかとか、ミュージカルにおける芸術性と娯楽性というような定義の問題にも関わってくるのだろうけれど、たとえ定義が定まったとしても、個々の作品としての優劣とはまた別のことであろうし、結局、どちらが正しいとも言えず、好みの問題に落ち着くのかもしれない。
そして、この対極の価値観はミュージカルなどの演劇だけに留まらず、音楽全般においてもあてはまる問題のような気もする。
訳詞に携わるようになって、シャンソンやフレンチポップスに触れていても、先程述べたように、やはりこれも言葉先行型の範疇にある気がしてならないし、オビスポの言葉から感じるようなフランス人としての誇りやこだわりが、良くも悪くも、ジャズやロックなどのアメリカ的音楽と一線を画す大きな要素となっていることを強く感じる。
ここで、「ミュージカル十戒」の音楽プロデューサーであり、30曲余りの劇中歌の全てを作曲しているパスカル・オビスポについて少し紹介してみたい。
彼は今年46歳、フランスを代表するシンガーソングライターだが、ライブを初めとする自らの精力的な音楽活動に加えて、他アーティストとの共同制作や楽曲提供、音楽プロデュース、エイズ撲滅のチャリティーツアー、子供たちの世代に環境問題を訴えるためのコンサート活動など、常に新たな試みでフランスの音楽界をリードしている。
彼の活動の根底には、より良い社会の実現のために音楽が何をなし得るかというテーマが常にあり続けているように思われる。
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エイズ撲滅キャンペーンソングとして作曲した『sa raison d’e^rtre(サ・レゾン・デートル)(存在の理由)』は42名の第一線のアーティスト仲間を一堂に会し共に歌ってビッグヒットとなり、エイズ基金に貢献したし、このような社会貢献に寄与するための卓越した企画力と行動力、そして、そのような彼の思いが率直に伝わってくるメッセージ性の強い音楽の中に、彼の独自な個性が感じられる。
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