『枯葉 』

 

 『秋の歌』( Chanson d’automne ) 

 『枯葉』といえば、  

 秋の日の  ヸオロンの ため息の  

 ひたぶるに 身にしみて うら悲し

で始まる『落葉』という詩がすぐ浮かんでくる。 フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの詩。 『秋の歌』( Chanson d’automne)が原題だが、上田敏が、訳詩集『海潮音』のなかで、『落葉』と題して訳している。(ヸオロンとは、ヴィオロン、すなわちヴァイオリンのこと。ヸはviの発音) 人生の黄昏時に佇んでいるかのような侘し気な雰囲気が漂うが、ヴェルレーヌ23歳の時の詩だという。

落葉          上田敏 訳詩 『海潮音』より  

秋の日の ヸオロンの ためいきの  
ひたぶるに 身にしみて うら悲し。  

鐘のおとに 胸ふたぎ  
色かへて  涙ぐむ  
過ぎし日の おもひでや。  

げにわれは うらぶれて  
ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな。

 秋風がヴァイオリンのすすり泣きのような細く長い風音を立てる。そして遠くから鐘の音が響いて来る・・・・この詩は切ない秋の音色に包まれている。 そして、風に舞い落ちる枯葉は、まさに詩人と同化した寂寥感に満ちた心模様なのだと強く印象付けられる。 

 シャンソン『枯葉』の制作年は1945年、一方、ヴェルレーヌの『秋の歌』は1862年であるから、この周知の名詩は、シャンソン『枯葉』の誕生にも大いにインスピレーションを与えていたのではないだろうか。

『枯葉(les feuilles mortes)』というタイトル

松峰綾音  

 ところで、よく考えてみると、「枯葉」という言葉は、実は日本的情感を多く含んでいると言えるかもしれない。

 シャンソンの名曲『les feuilles mortes』は日本では『枯葉』と訳されているが、この原題のフランス語『les feuilles mortes』をそのまま直訳するなら「死んだ葉」ということになる。 
 日本語で「死葉」という言葉もあるが、これは病虫害などで腐った葉のことなので、枯葉とは意味が異なる。 

 一方、英語ではこの曲のタイトルは 『Autumn Leaves=秋の葉』 と訳されている。
  いずれも『枯葉』という言葉とはニュアンスが違ってくる。

 「枯れる」という日本語は、ただ単に「死ぬ」とは別の、・・・死ぬまでのプロセスや情念・・・盛衰とか喪失とか、再生とかの、命あるものの宿命ともいうべき哲学的なニュアンスを含んでいて、儚く美しい言葉に思われる。 

 たとえば木の葉で言うならば、芽吹きから若葉、青葉を経てやがて紅葉し、枯れて散ってゆくというような、生まれてから終焉を迎えるまでの悠久の時の流れが意識されているのではないだろうか。 

 『死んだ葉』でも『秋の葉』でもなく、この曲を『枯葉』と名付けたその時から、日本的情緒が私たち日本人の中に喚起され、聴く側各々の心にある原風景・・・例えば各人の恋の痛みであったり・・・を呼び起こす圧倒的な力を持ったと言えばうがちすぎだろうか。 

 「枯葉」という言葉に備わっているDNAが、ヴェルレーヌの聴いたヴィオロンのすすり泣きや寺院が奏でる鐘の音に、琵琶の音に乗って流れる祇園精舎の鐘の音を重ね、また鴨長明の「流れゆく水の留まり得ない」ことへの吐息にまで遡らせるのだろう。

 

『枯葉(Les feuilles mortes)』

 さて、この『Les feuilles mortes』であるが。 
 1945年、ジョゼフ・コズマ作曲、ジャック・プレヴェール作詞。翌1946年の映画「夜の門Les portes de la nuit」のなかで、イヴ・モンタンが歌ったのが最初であるが、ほとんど話題にはならなかったようである。

 その後1947年ジュリエット・グレコ、1949年コラ・ヴォケールなどによって歌われ、ようやく世に知られるようになった。

松峰綾音
松峰綾音

 一方アメリカでは、『Autumn leaves』と訳され、1950年ビング・クロスビー、続いてナット・キング・コールが取り上げ世界的大ヒット曲となった。『枯葉』の聴かせどころ、ここだけは誰でも聴き覚えがあるというサビの部分を取り上げてみよう。
 原詞と対訳は次のようである。

C'est une chanson qui nous ressemble. 
Toi tu m'aimais et je t'aimais 
Nous vivions tous les deux ensemble 
Toi qui m'aimais moi qui t'aimais. 


それは私たちによく似た歌 
あなた あなたは私を愛し 私はあなたを愛していた
私たちはいつも二人で共に生きていた 
私を愛するあなた あなたを愛する私

 

 この部分の岩谷時子氏の訳詞は次のようである。(越路吹雪の歌唱で有名である)

暮れ行く 秋の日よ  
金色の枯葉散る   
つかの間 燃えたつ 恋に似た落葉よ

 原詞との比較でよくわかると思うが、原詞にはこの部分に枯葉の描写は描かれていないのだが、岩谷氏のイメージの中で「枯葉」の映像が一幅の絵に作り上げられたと言えるだろう。 
 私の訳詞では、原詞をそのまま忠実に、むしろ淡々と描いてみた。

戻らぬ あの頃   
見つめ合い 笑い合い   
いつまでも 共にいる幸せ 信じてた (松峰 訳詞 )

松峰綾音

 「枯葉」という言葉は、曲中一か所だけ(以下の部分)にとどめ、恋が色褪せて行く焦燥感にポイントを置いてみたのだが・・・。 
 秋深まりゆく頃、ステージで歌いたいと思っている。

秋の風に巻かれて 舞い散る 落ち葉   
あなたへの名残りが 枯葉の中 降り積もる   
私の想いだけを 置き去りにしたまま   
二人で口ずさんだ あの歌 繰り返す  
                  (松峰 訳詞)

バーバラ・リー の歌でお聴きください。
les feuilles mortes、Autumn leaves、続けて歌っています。)


 

(注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
   取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願いします。)
   

     
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