「優しきフランス 」   

初出ブログへ 2019-11-28

Douce France  『優しきフランス 』

 Douceは「甘い・心地よい・穏やかな・柔らかい・優しい」などの意味。1943年、シャルル・トレネ(Charles Trenet)作詞、レオ・ショーリアック(Léo Chauriac)作曲。 第二次大戦後の動乱期にトレネ自身が歌って、フランスで大ヒットした曲である。この曲のヒットはこの時代の歴史的背景・世情に密接に結びついていると思われる。

 <この曲にまつわるトレネのプロフィール>   
 1940年6月13日、ヒットラーの率いるナチス・ドイツがパリに入城。 ニースに居たトレネは除隊し、パリに戻ることを決意。 1941年アヴニュー劇場のステージに立つ。   
 第二次世界大戦下の1943年にこの曲の制作。同年、同劇場にて発表。戦後1947年録音され、爆発的ヒットとなる。  

 手負いの祖国に向けた愛・誇りが、真っ直ぐに伝わってくるこの曲は、今も不朽の名曲としてフランス人に愛され、深く浸透している。  
 曲構成は、クープレ(Couplets)とルフラン(Refrains)でしっかりと組み立てられていて、典型的シャンソンの形態を持っているといえよう。 「クープレ」というのは、いわばセリフ部分のこと。物語の展開を時系列で語るように歌い進めてゆく。  
 一方、「ルフラン」は、旋律を重んじ、情感豊かなサビをメロディックに歌い上げる部分で、印象付けるべく何度も反復されるのが常である。  

 『Douce France』の冒頭は、幼少期の愉しかった思い出を物語るクープレから始まる。

 

l revient á ma mémoire    Des souvenirs familiers    
Sur le chemin de í école   Je chantais á pleine voix   
Des romances sans paroles   Vieilles chansons d´autrefois

慣れ親しんだ思い出の数々が記憶によみがえる    
黒い上着が目に浮かぶ    
小学生だった時 学校の道すがら    
歌詞のない恋歌 昔ながらの古いシャンソンを    
声を出して歌った 

 クープレはセリフを語るように言葉を音に入れ込むことが出来るので、比較的対訳に近い内容・言葉数で綴ることが可能なわけだが、試みに私が作った訳詞は下記のようである。

小さな手 つないで 黒い上っ張り着て    
学校への道 朝陽が眩しくて     
ありったけの声で  ありったけの歌を    
意味も分からず   口ずさむ 恋のメロディー                        

 (訳詞 松峰)

 「黒い上っ張り」・・・園児が着るお揃いのスモック、フランスでは今も存在しているだろうか。 日本でも時々黄色などのお揃いの上っ張りを着て、若い先生に引率されながら公園で園児たちが遊んでいるのを目にすることがある。制服の自由化は幼稚園にも波及するだろうから、こういう光景も段々減ってくるのかもしれないが。  



 
 余談だが、カトリックの女子校で過ごした私の中・高時代には校内で着用するまさに黒い上っ張りがあって「タブリエ」と呼んでいた。 「タブリエ」はフランス語で割烹着のことだ。  
 

 そして、ルフランへと続く。

Douce France  Cher pays de mon enfance    
Bercée de tendre insouciance  Je t´ai gardée dans mon coeur!
Mon village au clocher aux maisons sages    
Ou` les enfants de mon ãge  Ont partagé mon bonheur    
Oui je t´aime  Et je te donne ce poéme    
Oui je t´aime  Dans la joie ou la douleur 

 

心地よいフランスよ   
幼年時代の優しい安穏にはぐくまれた国   
私は君を心にとどめ続けることにした   
鐘楼とつつましい家々のある僕の村   
そこで私と同じ年頃の子供たちが 幸せを分かち合った   
そう 私は君を愛す  そしてこの詩を君に捧げる   
そう 私は君を愛す  楽しいときも苦しいときも                   

 (注 君=フランス)

 

 音韻に留意しながら作ったこの部分の私の訳詞は下記である。

Douce France    幼い日 mon enfance    
優しさに包まれ   時は流れてた      
Mon village      鐘の音 響き渡り    
小さな灯りともる  穏やかな夕暮れ    
Oui je t´aime    いつだって心に       
Oui je t´aime    輝き続ける            

(訳詞 松峰)

 クープレとルフランが組み合わさった風格のあるメロディーの中でトレネが伝えたものは、まさに祖国への愛。  
  戦時下劣勢にあった自国の中で、敢えて「フランス万歳」「大好きな我が国」と明るく揺るぎなく歌い上げて、絶望感に苛まれていた戦火の民衆に、そしてレジスタンス運動の闘士たちに熱狂的な力と光を与えた一曲となったのだろう。

 

 

『ふるさと 』への思い    

兎 追いし かの山 小鮒 釣りし かの川    
夢は 今も巡りて 忘れがたき ふるさと

 幼少期の美しい思い出に彩られた「ふるさと」への憧憬はフランスに限るわけではなく、民族を越えた共通した感情なのだと思う。 けれど、我が国の唱歌『ふるさと』の締めくくりは、

こころざしを果たして いつの日にか帰らん     
山は青きふるさと 水は清きふるさと

であり、包み込んでくれる慈愛に満ちた自然への愛、畏敬にどこまでも優しく帰結してゆく。

奇しくも『douce France』の発表と同時期の1945年〜1946年に、日本で歌われた戦後歌謡、空前のヒット曲となった『リンゴの唄』には、<日本が一番>というようなダイレクトな言葉はなく、可憐なリンゴの実を慈しみ、仄かな恋心のイメージを重ねるロマンチックな歌詞に、日本の再興を託していて、美しく穏やかな世界を志向するしなやかな情感を感じる。  

 『douce France』がこれほどのヒット曲であったのに、日本においてさほど注目を集めなかったのは、この曲が、シャンソンの国フランスの、一歩も退かない矜持のような独特なパワーを醸し出していたためだったのかもしれない。  
 
 最近のシャンソンの中から<ふるさと>の取り上げ方に注目したい曲が何曲かある。次の機会にこれに続けて紹介してみたいと思っている。

 では、シャルル・トレネジュリエット・グレコの歌うそれぞれの原曲をお楽しみください。

(注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
   取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願いします。)

     
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松峰綾音