「神様はハバナタバコを吸う 」   

初出ブログへ 2018-8-12

ハバナタバコとジタン

 原題は「Dieu fumeur de havanes」
 「神様はハバナタバコの喫煙者」という原義であるが、「神様はハバナタバコがお好き」というタイトルで既に日本に紹介されている。

 カトリーヌ・ドヌーヴ主演、セルジュ・ゲンズブールが音楽担当及び出演した映画『Je vous aime』(1980年)の中で、二人が歌ってヒットした曲である。
 ゲンズブールと言えば、周知の通り超ヘビースモーカーであったが、タバコをふかしながらのステージは、大いに顰蹙(ひんしゅく)をかいながらも、彼なら仕方がないという感じで、どこかで認容されていた節もあって、カリスマ的なゲンズブール神話を飾っている。
 この曲は、映画のイメージを伝えていることは勿論だが、また同時に、女性遍歴を重ねてきた彼の実像とも大いに重なるものがあると言えるだろう。

 

神様はハバナタバコを吸っていて、それは僕と同じさ。僕のくゆらせるタバコも天国と同じ香りがするんだ
いいえ、あなたはハバナタバコを吸ってなんかいない
あなたの吸っているのはジターヌだわ
           


 というような言葉を、恋人同士、戯れながら繰り返し囁き合っている・・・・他愛なく、そしてエロティックでもある歌詞で、<だから何なの?>と言いたくなるが、彼特有の少しアンニュイで洒脱な言葉遊びが終始繰り返されてゆく。

 

 

 

 デュエットの相手はフランスの永遠のマドンナと言っても過言ではない、カトリーヌ・ドヌープ。
 この曲を発表した頃は、若さが弾けるように眩しく、上品で瑞々しい魅力に満ち溢れていて、その彼女が恥じらうようにひそやかに歌っていたので、戯言のような歌詞も何もかもがすべて帳消しになったのだろう。   

 

松峰綾音

 ゲンズブールもおそらくその辺の計算をしっかりとした上で、このヒットソングを作り上げたのではと推測する。
 さて、では、この歌詞に頻出する「ハバナタバコ」と「ジターヌ」なのだが、少しだけ説明をしてみることとしよう。「ハバナタバコ」はステイタスの高いキューバの葉巻。
 名を成した成功者、紳士がゆったりとくゆらすイメージだ。
 そういえば、チャーチルもケネディーも、明治天皇も吉田茂も、ハバナタバコの愛好者だったのではないか。
 私の友人に愛煙家がいて、シガーバーが如何に健全でステイタスが高い寛ぎの場であるのか、葉巻は吸い方に美しい作法があり、真に紳士の証しなのだというような話を詳しくしてくれたことがあったのを思い出した。
 
 熱く語る言葉から、ロマンチックで上質な葉巻文化を垣間見る気がしたけれど、でも私は、ここで、禁煙推進の世の中に掉さすつもりは毛頭ないし、タバコの健康影響についても充分理解している。
 そもそも喫煙の真似事すら一度もしたことはない。


「神様はハバナタバコが大好きで、いつも天国で悠然とハバナタバコをくゆらせている。僕と同じだね。」

女性は 
「それは嘘で、あなたがいつも吸っているのはジターヌじゃないの」
と言う。

 

 ジターヌとは 、フランスの紙巻タバコ「ジタン」のこと。正しくは「ジターヌ」と発音するので、私の訳詞の中ではジターヌと表記した。
 ジターヌの原義は「スペインのジプシー女」の意味で、青いパッケージには扇を持ったジプシーの踊り子のシルエットが描かれている。
 
  解説によると、基本的にはタバコの葉を乾燥させ、更に堆積発酵させた黒い葉のタバコでクセが強く何種類かある。
 高級タバコではなく庶民派のタバコ、肉体労働に従事する人たちに特に刺激的な香りが好まれ、愛好者が多いのだと聞いたことがある。(ちなみにアニメのルパン三世の吸っているタバコもジターヌだった)
 
 主人公の男性が「僕のハバナタバコだよ」とうそぶきながら、ニコチン中毒者のように、安タバコのジタ―ヌを間断なく吸い続けているという情景だ。

 

 Dieu fumeur de havanes  『神様はハバナタバコを吸う』

 さて、私の訳詞の書き出しは次のようである。

1 神様はいつもハバナ くゆらせている     
  灰色の雲を作る
  僕も同じさ
  いつも貴方はそう言う
  でも本当は違う
  あなたのジターヌ 青い煙 目にしみるもの
  
2 神様はいつもハバナ くゆらせている
  天国の香りがする
  僕は知ってる
  あなたはいつもジターヌ
  女たちの中で
  でも幸せじゃないのね 私は知ってる

 
 


 

 

 

 魅入られたようにジターヌを吸い続ける貴方は、パッケージの中の青いドレスのジプシー女に心を奪われているかのようだ。
 ジターヌをふかすように女性遍歴を重ねる貴方だけど、私には幸せそうには見えない。貴方がどんなでも、私だけは貴方の傍にずっといてあげる,  貴方のタバコの煙をいつまでも見ていてあげる
 
 タバコの煙のように捉えどころがなくて、すっとどこかに消えて行ってしまいそうな「貴方」の心を、あるがままに受け入れる「私」の言葉に、母性のようなものを感じる。切ない恋の歌だと思えてくる。


 神様から一番遠く 君を守るよ

 僕は神様から一番遠くにいるけれど、でも「君を守るよ」
 
 これも僕の精一杯の愛の言葉。
 軽口を並べたジョークで本心を見せない恋愛ゲームのような歌でありながら、孤独と、渇望と、情愛が垣間見える気がして、一筋縄ではいかないゲンズブールならではの、ひねりの効いたラブソングであると感じた。
 いつか誰かとデュエットしながら歌ってみたいと思っている。
                                    

Fin

 

 

(注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
   取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願いします。)

     
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松峰綾音